放浪者からの視点で読み解くシチュー
おはようございます。
最近お休みの日でも
ちょこちょこ用事がある我が家。
昨日は少し早めに終わったので
ちょっと早めの晩ごはんにしました
ワンプレート晩ごはん
今日のメニューはコンロを使わず
レンジとトースターにお任せです。
生鱈にきのことお野菜をたっぷりにしました。
ホイル焼きは自家製ポン酢でいただきました。
冷凍ストックのシチューをレンチンしました。
レンチン蓮根にチーズを挟み、
ベーコンで巻いてトースターへ。
お気に入りのおつまみです。
常備菜のサラダをのせて完成です。
洗い物も少なくて飲む気満々の
おつまみみたいな晩ごはんでした。
ご馳走様でした。
〜玉ねぎたっぷり濃厚ラーメン〜
お気に入りのラーメンやさんへ行きました。
たまに無性に食べたくなるんです。
濃厚たまねぎラーメン
このチャシューが柔らかくて美味しくて
最高なんですよね〜
麺は食べきれないのでパパさんにあげるけど
チャシューは譲れないなぁ
柚子と玉ねぎのみじん切りのトッピングが
ラーメンを引き立てています。
餃子はパパさんとシェアしました。
ラーメンと餃子のセットで\500-
美味しさもコスパも最高です
ご馳走様でした。
今日もパパさんのお付き合いで外出します。
行ってきます。
最後までお付き合い頂き有難うございます。
↓『ポチッ』として頂けたら嬉しいです。
シチュー あんしんを羽ばたく力に
おはようございます。
最近お休みの日でも
ちょこちょこ用事がある我が家。
昨日は少し早めに終わったので
ちょっと早めの晩ごはんにしました
ワンプレート晩ごはん
今日のメニューはコンロを使わず
レンジとトースターにお任せです。
生鱈にきのことお野菜をたっぷりにしました。
ホイル焼きは自家製ポン酢でいただきました。
冷凍ストックのシチューをレンチンしました。
レンチン蓮根にチーズを挟み、
ベーコンで巻いてトースターへ。
お気に入りのおつまみです。
常備菜のサラダをのせて完成です。
洗い物も少なくて飲む気満々の
おつまみみたいな晩ごはんでした。
ご馳走様でした。
〜玉ねぎたっぷり濃厚ラーメン〜
お気に入りのラーメンやさんへ行きました。
たまに無性に食べたくなるんです。
濃厚たまねぎラーメン
このチャシューが柔らかくて美味しくて
最高なんですよね〜
麺は食べきれないのでパパさんにあげるけど
チャシューは譲れないなぁ
柚子と玉ねぎのみじん切りのトッピングが
ラーメンを引き立てています。
餃子はパパさんとシェアしました。
ラーメンと餃子のセットで\500-
美味しさもコスパも最高です
ご馳走様でした。
今日もパパさんのお付き合いで外出します。
行ってきます。
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シチュー 僕らは、短い夏を駆けぬける。
ヤマトホテルと言うと
実在のホテルがあるから
気をつけなきゃいけないんだけど
あと
小田急線大和駅の前にも
同じ名前のホテルがあるんじゃないか
と思うんで
『大和ホテル』
ほとんどが 停泊中だったんだよね
つまり あんまり使われなかった戦艦
だから海軍の上級士官
『見学』と称して
しょっちゅう大和にやってくる
海軍の軍港には必ず
海軍の士官を上客にしている
旅館宿屋はたくさん
しかし海軍士官
そっちに泊まらず
戦艦大和に泊まる
なぜだったのか?
どんな立派な
旅館宿屋よりも
『大和ホテル』の方が
ずっと快適だったから
戦艦大和
艦内 完全冷暖房完備の最初の戦艦です
しかも 海軍軍艦の宿泊
ハンモックが普通だった
これは日本に限った話じゃなく
連合軍側もそうです
戦艦大和はすごい
下士官一兵卒に至るまで全員ベッドで
もちろんハンモックもありますけど
しかも 全艦内冷暖房
夏に蒸し暑くて眠れない
なんてことは全然ありません
2005年製作の東映映画
『男たちの大和』
最近監督が亡くなりましたけど
広島県内に
全部じゃないけど
実物大の大和のセット
作って撮影していて
甲板の シーン とかなかなかでしたよ
あの中で 反町隆史さん演じる
相撲の強い 料理長の 海軍兵
バカデカい牛肉の塊
兵隊に見せながら
こんなもの食えるかお前ら?
こんな贅沢陸に上がったら
一生できねえぞ!
というところがありますよね
ヤマトの中では食事も凄かった
ビーフステーキが
出たんですからね
戦時中ですよ
ビーフシチューも出た
元々全世界の
海軍の手本になっている英国海軍
金曜日の夕食は
ビーフシチューだったらしいんで
それにしても彼ら
帆船の時代からそうやってるわけで
例えばナポレオンと戦っている時の
ジブラルタル
イギリス領でしたよね
ルイ14世のスペイン継承戦争に
イギリスが助太刀して
チャーチルの先祖
マールボロ公が
フランスのルイ14世の軍隊を倒した
スペインはお礼に
ジブラルタルを貸し出したんだけど
イギリスはまだ居座っているんですよ
泥棒に軒を貸したら
そういうことになります
NHK でも一時期放映していた
BBC の 連続海軍ドラマ
『 ホーンブロワー・海の勇者』
ナポレオン戦争当時の 洋上の戦い
ジブラルタに立ち寄る
とても楽しみなことで
現地で
子牛が用意されていて
人力クレーンで戦艦内に
糞尿垂れ流しますから
長いこと置いておくわけには
すぐ食べちまう
それを水兵も皆楽しみにしていた
長い航海楽しみだったら 食い物だけ
当時は冷凍冷蔵保存設備がないですから
ヤマトは冷暖房完備の上に
おそらくダイキン 製造の
強力な冷凍保存設備があるから
大量の牛肉のストックもあって
日本の海軍食は
カレーライスなので
金曜日の夕食は
ビーフ こってり入った
カレーライスをパクつくことができた
戦艦大和の贅沢は
それだけじゃありません
なんとあれだけ
甘いものが国内で食えなかったあの時代
キンキンに冷えた
ラムネを 製造 してくれるマシンが
備えられていた
ラムネ飲み放題ですよ
多くは貧しかったであろう
当時の海軍水兵から見れば
目が回るような 贅沢です
さらに 専用の
アイスクリーム製造機が完備されていて
これも 常食できた
反町隆史さんが言うように
陸に上がったら絶対に
一生できないような贅沢でした
ガダルカナルの激闘で
餓死者が出ているその最中も
ヤマトは
別のところに上陸して
船員はハンティングをやったり
ショッピングをやったりしていた
泥水すすり草を食み
というのは陸軍の話
例えば今でも
これ在日米軍のやつから聞いたけど
アメリカの海軍に入って
みんな一番馬鹿でかい
原子力 空母に乗りたがる
ニミッツ とかロナルドレーガンとか
昔ならエンタープライズとか
なんでや?と聞いたら
いや揺れないから
歯医者安心だろ?
アメリカで 陸の上で
歯医者ってのは金もかかるし大変だぜ?
ところが軍隊なら タダ同然
でも船が揺れて治療が痛かったら
飛び上がるようなことになるからさ
できるだけ揺れない
馬鹿でかい 航空母艦の方がいい
だから乗艦すると
走って歯医者の予約取りに行くんだ
そんなこと言ってましたけどね
おそらくヤマトでも似たようなこと
あったんじゃないですかね
あの時代 健保とかないでしょ
軍隊がしんどいしんどいと言うけど
アメリカでも 戦時中は
国内の国民は甘いもの厳禁ですよ
すごい制限があった
砂糖は前線の兵隊に
全部持っていかれるからです
だから国内では
塩辛いお菓子
発達した
発達した
ポテトチップス系ね
アメリカでも
軍隊でコカコーラただ飲み放題でしょ
それでコカコーラの味を覚えて
みんな癖になるわけね
コカコーラという飲料
あれは体によいかどうか?
なんてことは二の次で
ヘトヘトに消耗した時
汗かきまくった時病気の時
いかに美味しく感じるか?
だけを研究して作られてるんで
そのモニターに兵隊さんが使われていた
だから入院した時
飲むコカコーラはめちゃうまいですよね
アメリカは物量大国だから
海軍のみならず陸軍でも
アイスクリームが食べられたんですよ
日本の軍隊とえらい違いですよね
海軍でも
アイスクリーム製造専用の軍艦が
あったぐらい
それが 大海戦の戦場に
ついていくんですから
面白いでしょ?
兵隊さんがへたばったんじゃ
元も子もありませんから
しょうがないですよね
アイスクリーム 製造艦
というのは日本にもあって
アメリカがぶんどって使っていたそうです
その最大のやつが
戦艦ヤマトだったんですけど
これは使われませんでした
沈んじゃったんで
あと戦艦大和
はじめて物語と言うと
大和艦内全部蛍光灯だったことかな?
これはおそらく電力の節約と
消耗品の問題でしょうね
蛍光灯はまだたくさん
作られていなかったから
高価だったと思うんですが
白熱電灯より発熱量が少ないし
寿命が長いから そういう選択に
乗り込んだ 水兵さんたち
びっくりしたでしょうね
とんでもないところに来たと
みんな未来の戦艦に来た
感じがしたって
乗った方がおっしゃってましたが
大和は製造段階から完全に軍 機
つまり極秘製造されていて
一般に知られていなかった
ヤマトは 広島県呉
兄弟 戦艦の 武蔵が長崎でしょ
父親が兵学校に入る前
親類一同呉周辺に住んでましたからね
泳いでいると
突然大和が現れた
当たり前だけど異様な巨大さに息を呑む
しかし驚くほど
波が立たなかったそうです
当時最先端の技術
球形 艦首
= bulbous BOW を備えていた
造波抵抗が一番少ない
コンピューターがない時代に
よく作ったですよ
だから巨大な割には波が立たない
燃費が良かったわけです
波を立てれば
そっちにエネルギーを消費して
無駄になりますからね
もう一つ日本
戦後の原子力ミサイル潜水艦の
原型を作っていた
海軍イ400型潜特
いの字が最初につく潜水艦は
外洋型の足が長いやつ
たくさんありました
『イ41』と言って
確か
水中発進ができる戦車みたいな
そういうもの乗せていく潜水艦
後に旧ソ連が海底戦車を作った
という話がありましたけど
それに近いもの
旧日本海軍が作っていた
まあ結局
海底戦車みたいなもの
日本の当時の自動車産業じゃ
とてもとてもでしたけど
結構日本も頑張っていた
イ400型は
その中の最たるやつで
これは山本五十六元帥の発案
あの時代 ヨーロッパで
連合軍を震え あがらせていた
『U ボート 』
大半が1000トン以下の小さな潜水艦
アメリカの大型潜水艦でも
2000トンから3000トン
ところが
イ400潜水艦
7000 トン・全長120 M
とてつもないデカさです
終戦時の ウルシー特攻作戦
行動中に終戦を迎え
アメリカ軍が乗り込んで
この潜水艦を降伏させたんだけど
見ていたアメリカの水兵さん
浮上してきたイ400型を見て
『 怪物だ!』と思ったそうです
そうでしょうね
結局 数十年後に
原子力潜水艦 が作られるまで
これより大きな潜水艦は
作られませんでした
敵の目の前に突如 浮上
水上攻撃機を発進させる
当時のプロペラ戦闘機は
とても繊細なエンジンを積んでいて
パイプが自動車よりも全然細い
だから暖気運転を最低
45分はかけないと急発進はできません
細いオイルパイプの中に
エンジンオイルが詰まってしまい
墜落してしまうんです
ところがイ400型
これもおそらく
ダイキンの技術だと思うけど
潜水艦内で発生する 生活排熱
機関熱 これを集めて
エンジンオイルを 常に温めておき
そして水も温めておく
浮上寸前に 潜水艦から
艦上攻撃機『晴嵐』のエンジンに注入する
もちろん エンジン注入前に
トドメのニクロム電熱でさらに
ヒートアップして入れてやる
すると 浮上した時
すでに engine OIL も水も温まっているので
暖機運転は15分から20分
緊急発進は24分以内で完了できた
敵は まだ飛行機が飛び立てない
イ400
7000トン級潜水艦を60隻ぐらい作る
一隻あたり 3 機
高性能戦闘爆撃機を搭載している
3かける60 最低でも3かける50
これが突然やってくる
『どこでも真珠湾』です
そしてまた海に潜ってしまう
一旦潜ってしまうと発見はとても難しい
戦争は守る方が圧倒的に難しい
アメリカ国内はパニックになります
山本五十六の海底空母構想
結局山本五十六の戦死によって縮小
400型は都合3隻しか作られなかった
アメリカイギリスも似たようなもの考えた
ドイツも考えたんですが
実現したのは日本のイ400型と
フランスのシュルクーフ級だけ
フランスはさっさとドイツに降伏し
ドイツがこれを使ったけれど
オランの海戦で撃沈されました
飛行機は小さくても
それなりに重いので
潜水艦の上に乗せると転覆してしまいます
これを日本は
パイプを二つ束ねる形にすることで
解決した
それだと安定しますから
だから断面図は
半円形が 連続してしかも
部分で形を変える複雑なものになった
とても高度な
潜水艦設計技術が用いられ
後でアメリカが舌を巻いたという
実は面白いことに
旧ソ連の怪物原子力潜水艦
『タイフーン級』が
全く同じ発想でできてるんですよね
転覆せず しかも体積が巨大だから
浮上する時の力はものすごい
これで北極の氷
どこでもぶち破って浮上することができる
潜水時4万トン以上 175 M と言うんだから
それって 戦時中の日本の
巡洋戦艦ぐらいですよ
それだけの為に作られた
怪物潜水艦です
それだけ
旧日本海軍の潜水艦設計思想
時代を先取りしていたと
言って言えなくはないわけですよ
何より 海底空母という発想
潜水艦はそれまで
敵の背中へ
引っ掻き傷を負わせることしか
やっていなかった
ドイツの U ボートが典型的にそう
しかし山本五十六の 海底空母構想
潜水艦を決戦兵器に使うという
つまり戦略兵器に使うという
革命的な思想です
しかも あれだけ難しかった
大型戦闘 攻撃機3機
潜水艦発射に成功していた
占領米国軍は
イ400に乗り込んで徹底的に調べ
鈍足とバカにしていた
この潜水艦の恐ろしさを直ちに理解した
だから旧ソ連が見学する前に
沈めてしまったんです
約束違反だと言って 日比谷GHQに
参加していた 旧ソ連軍人
怒っていたそうですよ
ちなみに イ 400型
これも世界初の完全冷暖房潜水艦です
原子炉潜水艦ではないですけれど
一度給油したら
地球を一周半出来るほどの
とんでもない足の長さです
長い航海になりますから
湿度90%の カビだらけの
U ボートみたいな環境
やっていられませんわね
居住性は圧倒的だった
アメリカ軍もびっくりしたらしいですよ
シチュー 関連ツイート
うちのは鮭も入ってました☺
どちらにせよ美味そうや…
仕方なく茹だった野菜を半分タッパーに避難させて後日使う事に。ってよくやるのにまたやってしまうんだよなあ。